書評〜藤井英雄さんの『マインドフルネス』を読んでみたよ〜後編

ガン

みなさん、こんにちは。
前回に引き続き、藤井英雄さんの『マインドフルネス』の書評ってほどでもありませんが、
Rinのアウトプットのために書いてみます。
マインドフルネスは大体分かったけど、じゃぁ具体的にどうすればいいの?って思っているあなた!
Rinも同じです(笑)一緒に読んでいきましょー。

前回の過去記事はこちら↓


自分が幸せでないと誰かを幸せになんかできっこない

「慈悲」とは何か? これは倫理の授業でも出てきます。

迷える子
迷える子

確か仏教でしたね。

Rin
Rin

「他を思いやり、慈しむ心」それが慈悲でした。キリスト教のアガペーみたいな無差別・人類愛の仏教verだったね。

迷える子
迷える子

「他を思いやる」って言ってるのに、まず自分の幸せを願うって矛盾してないですか?

 

確かに「他を思いやり、慈しむ心」それが慈悲だとするならば、「私が幸せになりますように」「私の悩む苦しみがなくなりますように」…と「私が」から始まる慈悲に疑問を抱く人も多いかもしれません。

しかし、Rinは思うのです。
「私自身がまず幸せでないと、他の人を幸せにはできないのではないか?」と。
特に日本人は良くも悪くも「自己犠牲」=「美徳」と考えられがちなので、「私のことなんてさて置き、先ずは他の人を…」なんてなりがちです。

ワーキングマザーはその典型です。
「私よりも子どもを先に…」といつも冷たいご飯を食べ、大事な健康診断は後回し。
結果、一番大事なママの幸せや健康が守られなくなってしまうんです。

でもこれって誰も幸せにならないですよね。
子どもはママが笑顔でいてくれることが嬉しいし、夫は元気で共に生きていてほしいし、ママ自身も健康な方が日々の生活がキツくないし…

だからこそ、まず「私」なんです!

「ボランティアで報酬をもらう」のも同じかなぁ〜と最近思います。
誰かを助けたい!と思ってボランティアをしますよね。ほとんどの人が無償でしますよね。
けど、無償ですれば自分の生活が回っていかない→継続不可能→誰も助けられない状況に陥る。

だからこそ、有償でボランテイアを受けることをオススメします。持続可能な支援のために。
そもそもボランティアで稼ごう!なんて思っている人はボランティアしないので、ボランティアする人が最低限幸せでいられる保証は必要だと思います。(Rinも趣味=社会貢献!なので、何か手伝えることがあればお声かけください!)

 

Iメッセージで円滑な人間関係に

生徒と話をする時、意識している「私はこう思うよ」というIメッセージ
自分の発言に責任を持つように、「みんなが」「周りが」「いつも」「昔から」のような誰かわからない主語を使わないようにしています。

藤井英雄さんの『マインドフルネス』でも似たようなことが書いてありました。

Youメッセージ…主語は相手。怒りとともに相手を非難・批判・指示・命令しがち
Iメッセージ…主語は自分。自分の事情と心の声を伝えることができる

自分の想いを口に出して伝えることができない→「自分なんて…」という潜在的意識→ノーと言えない自己肯定感低い人間になってしまいます。
先ほどの「慈悲」にも似ていますが、自分の想いを大切に「I(私)」を主語にして会話してみるといいでしょう。

コロナ禍の今こそ、「傾聴」力

以前、ピアサポーター養成講座の時に痛感しました。
痛みに寄り添うには「そうだよね」「辛かったね」と相手の発する言葉に耳を傾ける傾聴力
でもこれってかなり難しい。

ついつい、良かれと思ってアドバイスをしがちですが、相手は答えを求めていない場合がほとんどです。
実際Rinも告知を受けた時アドバイスなんて全く求めてなく、ただただ聞いてもらいたかったです。
藤井英雄さんの『マインドフルネス』にも傾聴は愛の行為と書いてあるように、聴く力はコロナ禍の今こそ求められているスキルなのかもしれません。

いかがだったでしょうか?
コロナ禍の今こそマインドフルネス試してみる価値がありそうです。
最後までお読みいただきありがとうございました。

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