「スポーツマンバカ」から日本の未来を考える

学校教育

みなさん、こんにちは。
いかがお過ごしですか。今日は授業中に思ったことをまとめてみます。

今年度、スポーツ系のクラスに授業に行くことになりました。
スポーツ系のクラスはいわゆる「スポーツバカ」と言われるような、スポーツは一生懸命だけど勉強は全くできないというような生徒たちです。
そんな生徒たちにも少しでも世界史の楽しさが伝わるように、「覚えなくてもいい。とにかくなぜこんなことが起きたんだろう…と考えてほしい」と授業を組み立てています。

世界史Aは近現代を中心として学習するので、新学期始まってすぐ「産業革命」を扱います。
「産業革命の前と後、どのように世界が変わったのだろうか?」ということを自分事として捉え考えてほしいと思って授業を展開しました。

「2020年の今、軽くて柔らかくてあったかいユニクロのウルトラダウンジャケットが世に出回るようになった。それはすごく良い商品で、安い。
私たちがユニクロのウルトラダウンジャケットを手にするようになって世界はどんなふうに変わったかなぁ?」
「いいこともあったし、悪いこともあったんじゃないかな?」と問いかけました。

すると生徒たちは…
「わかりません」
「わかりません」
「わかりません」
「わかりません」
もう「わかりません」が5人ぐらい続いた時に心折れました(*´◒`*)。
そして「日本は終わったな…」と思いました。

そもそも生徒たちは端から考えようとしていないのです。
「授業=考えるもの」という発想がそもそもないのです。
「ただただ先生の言ってることを書き写して静かにしておく」、もしくは「眠る」。
この2つしか彼らの選択肢にはありません。

なので「考えてごらん」と言われても何を言ってるのかわからない…
そもそも考えていないし、考える気がないのです。

その瞬間、すごく思いました。
この生徒たちはきっと外国人たちにいいように使われていくだろうな…
2050年とか、もっともっと先の未来、日本は日本人だけじゃなくなるでしょう。
他国の人たちと同じように肩を並べて仕事をしていくその時に、日本人だから上に立つという考えはもうなく、
優秀な人は、人種や民族を超えて採用されていくようになると思います。
いわゆる外資系みたいな感覚が、もうどの企業にも入ってくるのではないでしょうか。

そうなった時に、当然考えない人は使われない
自分の意見を言えない人は会議などでも発言することができない。
自分の意見を言うことができない人は当然会社から消えていく。
おそらく私が担当しているクラスの生徒たちは、考えないし考える気がない。
自分の意見を持つことができない「自分」がない人間は、安い労働力をただただ提供する存在になるのだろうな、
そしてそのことに、この子たちは何も疑問を持たなくなるんだろうなぁと思いました。

そう考えると日本の未来は暗いなぁと思いました。
たった1回の授業でそれを痛感してしまって、心折れそうになっている私はまだまだ改革者じゃないなぁと反省。
「日本の未来を変えたい!」とか「子どもたちやその先の子ども達の未来を明るいものにしたい」とか思っていた私はまだまだ甘かったなと反省しました。

まずは目の前のこの「考えないスポーツマン」たちを少しでも変えていこう
40人学級の2人でも3人でも変えていこう!と思いました。
がんばるぞ〜

明かりを消して本が楽しめる「オーディオブック」」なら – audiobook.jp
最後までお読みいただきありがとうございました。 にほんブログ村 教育ブログへ にほんブログ村

 

コメント