2020年に有用なものって何だろう…心を育てる教育

学校教育

こんにちは、Rinです。
みなさんいかがお過ごしでしょうか。
先日同僚と話をしていて「はっ」と気付かされたことがあったので、忘れないように書いておこうと思います。

何をもって有用と考えるか?

私は最近「今やっていることが未来に役立つのかな?」という観点で、モノを見がちな傾向があるなと自覚しています。
副業でも同じように、「今やっていることが将来どんな案件につながるのかな?」とか、そんなことを見据えて活動しています。
このような思考だと何かを選択する基準が、「使えるモノ」と「使えないモノ」に置かれてしまっているなぁ…と思います。

さらに、私の頭の中で『未来に使えるモノ=有用」で「未来に使えないもの=価値のないモノ」という感覚にどうやら陥っていました。

私は授業をする際にも感じるんですが…
中国の明や清の授業中、「黄金期の3代皇帝を順番通りに覚えるんだよ!」とか「即位した年号も覚えるんだよ」と生徒に話していてふと自分で気づくんです。

「順番通りに覚えて何になるんだろう」って。
確かにセンター試験では正誤問題が出題されたり、時系列で問いが出題されたりします。
そのため、やはり順番通り覚えないといけないし、即位した年号も覚えなければいけない。
即位した順番通りに覚えることはセンター試験にとっては有用だけど、清の皇帝が誰であろうと、何年に即位しようと、彼らの人生に何の影響与えるのだろう?ただインプットするだけの授業ってそもそもやってて意味ないんじゃないかな?と自問自答してしまいます。

そんな毎日をこなす中で、同僚と話をしていて自分の考えを見直す機会を得ました。

「心が育つ」ってどういうことだろう?

電話といえば「スマホ」の世代

同僚は国語の教員です。
彼女が、「先生、聞いてくださいよ。生徒達は、小説の「ダイヤルを回す」とか「受話器を置く」という表現がわからないんですよ。」と言いました。

「確かにそうだろうなぁ。平成から令和の時代を生きている彼らにとって電話といえばスマートフォンだし、受話器って何ですか?とか…すごく納得できるね。」と話しました。

そして、「そもそも、黒電話や受話器はもう彼らの世界にはないものだから学ばなくていいんじゃない? ダイヤルを回す、受話器を置くって知らなくてもいい世界なんじゃない? 」と私は言いました。

すると、彼女は、「確かにもう黒電話はないし、受話器を置くこともない。
けれどそういう世界観を取り除くと、心が育たないんじゃないですか?」と。

私は「はっ」と気づかされました。
「受話器を置く」「ダイヤルを回す」をただの1つの行動と見れば、そこに有用性はないです。
だってもう黒電話の世界じゃないから、だってもう受話器の世界じゃないから。

しかし、受話器を回すときの心の動きとか、受話器を置いたときの心の動き、行動の裏側の思い、これを読み取ることってすごく大事だなってことに気づかされました。

ダイヤルを回すに回せなかった経験、私にもあるな〜と思いました。
その世界を知らないとその時の心がわからないなぁ…となんだかすごく納得しました。

倫理で出てくるキーワードもチェックしとこう!

国語で心を扱う素材に夏目漱石の「こころ」や森鴎外の「舞姫」があるようです。
心を育てる打ってつけの読み物なんだそうです。実は、この2人の文学者は倫理でも扱う人物。

夏目漱石…自己本位・則天去私
日本の文明開化=「皮相上滑りの開化」
他人の考えや常識を鵜呑みにせず、自らの考えによって立つ「自己本位」の姿を求める
森鴎外…諦念
自我と社会の矛盾に苦しんだ末に「諦念」の境地を見いだした。

まとめ

私が大事にしている「使えるモノと使えないモノ」の価値観もすごく大事なんだけど、でもそこに心がなければ本当に未来は無味換算になってしまうんだろうなぁ〜と改めて気づかされました。

同僚はまだ2年目でとっても若いんですが、私にすごく大事なことを教えてくれたような気がします。

「心を育てる教育」も私が大事にしている21世紀型教育の一つ。
もっともっと大事にしていきたいです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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